今回は数学を勉強する大学生が始めに出会い、そして誰もが挫折する強敵
「イプシロン・エヌ論法」
についてです。
ε-N論法とは…?
高校の数Ⅲで極限を勉強しました。
微分の定義にも出てくる重要な概念ですが、極限をどんな風にイメージしているでしょうか。
例えば、
\(\lim_{x \to a} f(x)=a\)
を見たとき、普通に考えれば
「\(xがa\)に限りなく近づくとき\(f(x)\)は\(a\)に限りなく近づく」
となりますね。
高校数学ではこれで良いですし、正しいです。
ですが、大学数学は、
限りなく近づくって表現、曖昧じゃね???
ってなるんです。
数学のめんどくさい厳密性の高い性質上、
全ての定義がしっかりしていなければなりません。
なので、
「限りなく近づくの定義って何よ?」
「限りなくってどこまで?」
「言葉じゃなくて数字で表してくださいよ!」
というクレームが来てしまいます。
限りなく近づくってことは、無限が絡んできますよね。
どこまでも無限に近づけることができます。
しかし無限は数ではなく、扱いづらいので
極限の定義を数字で表したい
というのが今回のテーマです。
そのための方法が、
イプシロン・エヌ論法とイプシロン・デルタ論法
です。
この二つの論法の違いは、
数Ⅲで極限について「数列の極限」、「関数の極限」の2種類やりましたが、
数列の極限について定義するのがイプシロン・エヌ論法
関数の極限について定義するのがイプシロン・デルタ論法
です。
今回は数列の極限に関してのイプシロン・エヌ論法について見ていきます。
(これからε-N論法と書きます)
ちなみに、最初にε-N論法の完成形を先取りで見せておきますと、
「任意の実数\(ε>0\)について、ある\(N>0\)が存在し、\(N<n\)ならば\(|a_n-a|<ε\)が成立する」
となります。
はい。そうです。
意味不明。そりゃそう。初見でこんなのわかるわけない。
これは実は、
「nを限りなく増やした時に、数列\(a_n\)は\(a\)に限りなく近づく」
と同じことを言っています。
難しそうですが、これから丁寧に説明していきますのでご安心を!
数列の極限について
まず、簡単な数列の復習をしましょう。
数列の極限は、ある数列\(\{a_n\}=\{a_1, a_2,a_3,,,,a_n,,,\}\)を考えたとき、
「nを限りなく増やした時に、\(a_n\)が限りなく近づく値\(a\)」
と習いました。
例えば\(a_n=\frac{1}{n}\)と表される数列は、
\(\{a_n\}=\{1 ,\frac{1}{2}, \frac{1}{3}, … \frac{1}{1000}…\}\)
とどんどん分母が大きくなってしまうので、結果0に収束することになります。
詳しくは高校数学の数列を復習してみてください。
日本語を噛み砕こう①
さて、今からの目標は、
「nを限りなく増やした時に、数列\(a_n\)は\(a\)に限りなく近づく」
という言葉を、
「限りなく」とか「無限に」
とかいう言葉を使わないで、数を使って表すことです。
まずは「差」を使って一歩前進しましょう。
「\(a_n\)が\(a\)に限りなく近づく」
とは、
「\(a_n\)と\(a\)の差が限りなく0に近づく」
ということです。
よって
「nを限りなく増やした時に、\(a_n\)と\(a\)の差が限りなく0に近づく」
と言い換えられます。
この変換の意味は、「\(a\)に近づく」としていたのを、差を利用したことで「0に近づく」と変えられたことです。
どうして0に近づくように言い換えたの??ってなりますが、
次以降の言い換えに0に近づくというのが必要となってくるからです。
日本語を噛み砕こう②
もう一歩前進です。
ここがε-N論法の根本的な考え方となる山場です。
「nを限りなく増やした時に、\(a_n\)と\(a\)の差が限りなく0に近づく」
という表現を数を使って言い換えます。
いきなりですが、自分で勝手に、
とても小さな正の数
を決めます。(例えば0.0000001とか)
この数は\(a_n\)と\(a\)の誤差を評価する数です。
なんでいきなりこんな数が出てきたの??と思うかもしれませんが、
「限りなく」という表現を数に置き換えるために使う数なので、
とりあえず小さい正の数を使うんだな〜
くらいに思ってください。
さて、先ほど①で考えたように、
nを限りなく大きくすれば\(a_n\)と\(a\)の差は限りなく0に近づきます。
ということは、
nをどんどん大きくしていけばいつかは0.0000001よりも、\(a_n\)と\(a\)の差の方が小さくなる時が来るはずです。
しかも、さっきの自分で決めた小さい数が何であれ、
0よりほんの少しでも大きければこれが成り立ちますね。
\(a_n\)と\(a\)の差は限りなく0に近づくので。
この考え方が非常に重要です。
「0に近づく」
という表現を、
「自分で決めたどんなに小さな正の数よりも小さくなる」
と言い換える、ということです。
よって、
「自分で勝手にどんな小さい正の数を決めても、nを限りなく増やした時に、いつかは\(a_n\)と\(a\)の差が、その小さい数よりも小さくなる」
となります。
でもこれにはちょっと間違いがあります。
数列が収束するには、ある特定のnの時だけにこれが成り立つだけではダメです。
例えば数列\(a_n\)として、奇数項は\(\frac{1}{n}\), 偶数項は全て1である数列を考えると、
\(\{a_n\}=\{1, 1, … \frac{1}{999}, 1, \frac{1}{1001}, 1,… \}\)
のように、
どれだけnを大きくしても1が現れるので発散してしまいます。
しかし、奇数項は0に近づくので、
自分で決めた小さい数を下回る\(a_n\)は存在してしまい、
先ほどの言い換えによって、収束しない数列も表せてしまうことになります。
そのため、
あるnより大きい全てのnについて、\(a_n\)が自分で決めた小さい数より小さくなる必要があります。
よって先ほどのを少し修正し、
「自分で勝手にどんな小さい正の数を決めても、nを限りなく増やした時に、あるnより大きい全てのnについて、\(a_n\)と\(a\)の差が、その小さい数よりも小さくなる」
となります。
ここでの日本語の変換はε-N論法の要となる部分ですので、ゆっくりと一文一文理解しながら読み進めてください。
日本語を噛み砕こう③
お疲れ様でした。ここまできたらε-N論法の主要な部分は終了です。
あとはさっきの文を数字と記号を用いて表していきます。
先ほどの議論で出来上がった言い換えをもう一度示します。
「自分で勝手にどんな小さい正の数を決めても、nを限りなく増やした時に、あるnより大きい全てのnについて、\(a_n\)と\(a\)の差が、自分で勝手に決めたどんな小さい数よりも小さくなる」
まず
「自分で勝手にどんな小さい正の数を決めても」
の部分を記号と数値を使って説明します。
「どんなに小さい正の数」
と言うのはめんどくさいので、
これをεとおきます。
ここで、ε>0です。
自分で勝手にってことは、なんでもよい、と言うことです。
これを数学では「任意の」と呼びます。
よって、
「任意の実数ε>0について」
と言い換えられます。
εが小さい数ってことが書かれてないじゃないか!と思うかもしれませんが、
確かにそうですね。
しかし、εが大きい数の場合でも式は自明に成立します。
誤差を大きく設定してもより緩い条件になるだけですね。
よって一般的に「任意の実数」と書いているわけです。
この点はε-N論法のわかりにくい点の一つなのですが、
「本当はどんなに小さい実数ε>0と言いたいけど、別に大きい実数でも成立はする。小さいって表現は曖昧で、数学的に厳密に定義できないから、それなら全ての実数って言っちゃおう」
という考え方です。
なので、
「任意の実数ε>0について」は「εは小さい数である」という気持ちで見ましょう。
次に、
「nを限りなく増やした時に」
の言い換えですが、
「あるnより」と後に言っているので、この一文はいらないことがわかります。
この”あるn”を見つけさえすれば勝ちなので、nが大きい数であろうと小さい数であろうと、発見すればいいのです。
しかもあるnは、εが小さければ大抵大きい数になります。
次に、
「あるnより大きい全てのnについて」
の言い換えですが、
このあるnをNとおきます。
ここで言っているのは、
「ある数Nがあって、それより大きな全てのnに対して」
ということを言っています。
また、Nは正なのでここで言及しておきましょう。
よって
「あるN>0が存在し、\(N<n\)ならば、」
と言い換えられます。
不等号にイコールはついてもつかなくてもどっちでもいいです。
最後に、
「\(a_n\)と\(a\)の差が、自分で勝手に決めたどんな小さい数よりも小さくなる」
の言い換えですが
これは単に \(|a_n-a|<ε\)ということを言っています。
よって、
「\(|a_n-a|<ε\)が成立する」 となります。
言い換えをまとめよう
今まで言い換えたものをまとめると、
「任意の実数\(ε>0\)について、ある\(N>0\)が存在し、\(N<n\)ならば\(|a_n-a|<ε\)が成立する」
となり、ε-N論法の表現が完成しました!
お疲れ様です!
ふぅ〜…
つまり、
数列\(a_n\)が\(a\)に収束するとは、
「任意の実数\(ε>0\)について、ある\(N>0\)が存在し、\(N<n\)ならば\(|a_n-a|<ε\)が成立する」
ということになるわけです。
論理記号を使おう
先ほどの表現でも全然いいんですが、
論理記号
を使ってもっと数学っぽく書くこともできます。
「任意の」という意味を表す記号「\(\forall\)」
「ある」という意味を表す記号「\(\exists\)」
「のような」という意味を表す 「s.t.」
を使うと、
\(\forall\varepsilon>0, \exists N>0\) \(s.t.\) \(n>N \to |a_n-a|<\varepsilon\)
となります。こんな表現が出てきてもビビらないように、ここで慣れておきましょう。
実際にどう使われるの?
これにて、ε-N論法で数列の極限を表す方法は終わりました。
早速どうやって出題されるのか、問題を解きながら説明しましょう。